hin solo exhibition “Deep Paper”
会 期:2021年12月3日(金) - 12月21日(火)
時 間:12時-19時
休 廊:水木
場 所:PAGIC gallery
展覧会URL:
https://pagicgallery.com/hin-deeppaper-jp/
この記事の冒頭の作品画像をみて何を感じるでしょうか。ペイントツールで描かれた絵でしょうか?キャンバスの影があるから、デジタルで描かれたデータをキャンバスプリントした作品に見えますか?
hin(ヒン)さんは1990年千葉県生まれ、2014年多摩美術大学グラフィックデザイン学科卒業。2017年頃より本格的に作品制作を開始され、以降、数々の展覧会にて作品を発表されています。
彼女の作品の一番の特徴と言えるのは、一見するとデジタル上の作品と勘違いする思うような、ピクセルを模した黒い線です。小さい頃よりPCに入っていたペイントツールで描くことに慣れ親しんでいたというhinさん。作品制作はiPadで描くところから始まります。iPadで描画された作品を元にスプレー等で色付け、黒のラインは手描きやシルクスクリーンでキャンバスに「再現」されています。PCで見る画像と実際の作品の印象の差が大きい作家さんです。実際の作品の方がよりオーラを感じました。
「果実とパロサント」
「果実とパロサント」部分拡大
「ひとりの話」
「ひとりの話」部分拡大
今回、自分で撮影した画像をここにUPしてみて、本当にデジタル上の作品なんじゃないかと思えてしまうほどの綿密な再現に驚いています。見間違えるほどの再現ということは、それだけ正確な描写だということですし、iPadで描いた線に余計な何かを付け加えない徹底した意図も感じられます。
「窓際と雨」
「窓際と雨」部分拡大
小さい四角(ピクセル)の並びという単純とも言える表現だけで、ペイントツールで描いた雨の感じがすごく出ています。
「フルーツセラピー」
「フルーツセラピー」部分拡大
カゴの網目をグレーのブラシツール(実際にはスプレーペイント)で消してからキーホルダーを描いている、という描き順やブラシツールの円の大きさまでがリアルに想像できます。
では私が感じた、hinさんの徹底した意図とはなんでしょうか。
hinさんは「癒し」をテーマに据えて作品制作をされています。それは自身が「しんどい」時に絵を観て癒されたという経験に基づいているそうです。
アートを好きになるきっかけは人それぞれと思いますが、私がこのサイトを始めた理由の根幹にも「好みのアート作品に出会った時のなんとも言えないワクワク感を集めておきたい」というのがあると感じています。ワクワク感というのを言い換えれば、元気が出る、鬱々とした気持ちを和らげる、辛い時に励みになる、そういった効果があると思うのです。hinさんの「癒し」というキーワードもすんなり受け入れられました。
しかし、ひょっとしたら「癒し」のキーワードは、 hinさんの作品に見られるピクセルの表現と少し離れていると思うかもしれません。それはなぜでしょうか? デジタル社会がもたらした、情報過多のせわしい現状を連想させるためでしょうか? hinさんも2019年の SHIFT magazine さんのインタビューで「ネットには図像やイメージが氾濫していて、いつも思考が伴い」「それは「感じること」と対極だと実感して」いると言及しています。
ですがhinさんの描画体験は前述の通り、PCに入っていたペイントツールで描くことから始まっています。デジタルのペイントツールは癒しと対極ではなく、ストリートアーティストがスプレーペイントでさっと描くように、軽やかな感覚で描けるツールでもあるのです。
デジタルとアナログの感覚を繋ぐ重要な表現として、hinさんのオリジナル技法 ”virtual spray” が挙げられます。ここまで触れずにいましたが、ピクセルの線がスプレーの塗料と同じように垂れている、一番初めにそこに注目される方も多いと思います。
「坐鋪一景」
鈴木春信の色彩にも影響を受けたそうです。こちらのタイトルは春信の「坐鋪八景」由来でしょうか。
「坐鋪一景」部分拡大
「瞑想」
「瞑想」部分拡大
ピクセルの線が重力に従って垂れる。その表現から作品がアナログで描かれていること、デジタルの中に偶発的な要素を取り入れていること、デジタルとアナログを繋いでいること、そのような意味を読み解くことができます。hinさんは、情報過多の世界ではどう折り合いをつけて生きていくか、が課題となってくると言います。ネットワークが普及した現代では、それがなかった時代に後戻りできるはずもなく、膨大な情報の中から常に考え、選択していくことを迫られます。そんな処理しきれない情報の渦の中でも自分なりに折り合いをつけ、自己が「感じること」を大切にしていく。hinさんの作品を観ていると、コンピュータが画像を扱うときの最小単位であるピクセルがよりはっきりした形で表れ、かつ、重力という、私たちが生で感じられる代表的な力によって垂れるということが、すぅっと腑に落ちる瞬間がありました。
今回の展示ではさらに表現を進化させ、画面に陰影を取り入れたそうです。陰影は光源がないと出現せず、平坦なピクセルの世界に相反するような奥行きをもたらします。
「Midnight in Jazz」
「宵」
「Portrait」
「盆栽に茶」
「あくび」
「猫に毛糸」
「Copenhagen Journal」
昨年(2020年)の作品。さらっと描かれているアイテムが心地よく、元気が出る。「癒し」のテーマは本展覧会に限ったものではなく、以前からも、今後も取り組んでいく制作の大きなテーマという。陰影のあるなしで見比べても面白い。
「Relax」
“Deep Paper” という展覧会タイトルは、紙という薄い概念のものに深さを持ち込んでいます。デジタルでの描画を元にしながらデジタルデトックスの場面が描かれ、情報過多の世界と折り合いをつけて生きていく。コンセプトに富んでいながら、自身の経験から感じたことを元に作品として昇華し、観る人の癒しをテーマにした作品群です。hinさんの色の表現にも触れて欲しいので、ぜひ実物を観に足を運んでいただきたいと思います。
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