金玄錫(キム ヒョンソク) 個展
「私に言ってみて」
会 期:2022年3月30日(水) - 2022年4月16日(土)
時 間:12時-19時
休 廊:日月火
場 所:Bambinart Gallery
展覧会URL:
http://www.bambinart.jp/exhibitions/20220330_exhibition.html
注目の若手作家さんを紹介しているBambinart Galleryさんにて金玄錫(キム ヒョンソク)さんの個展が開催されました。展覧会タイトル「私に言ってみて」と同タイトルのメインビジュアルから感じ取れる雰囲気と、掲載されている私小説型ステートメントがとても気になって伺って来ました。
「私に言ってみて」
「私に言ってみて」(部分拡大)
言える雰囲気じゃなさそうですね、、、。
ステートメントの文章(一部)
引っ越した家にある小さい庭。そこに餌台を取り付け鳥を待つ作家。餌はひまわりの種のみで、みかんを置いた方がいい等のアドバイスには気乗りがしない。ある日、シジュウカラがやってきて、、、
あらすじを書くとこんな感じでしょうか。
金玄錫(キム ヒョンソク)さんは1990年生まれ。日本大学芸術学部写真学科卒業、東京藝術大学大学院油画専攻終了。もとは写真を学ばれていたという異色の経歴の持ち主です。写真作品でも2016年に写真新世紀優秀賞を受賞。絵については大学院に進学後、本格的に描き始めたとのこと。
会場の作品を拝見すると、そこには「私に言ってみて」や「餌台」の物語があるわけではなく、それぞれが独立し、描かれているものだけでなく描画の方法も変えているのではないか、と感じる世界が展開されていました。Bambinart Galleryの米山さんは金さんの作品について、一見、自由に描くことに重点を置いているように見えるが、作家自身の嘘偽りのないリアリティに忠実に表現を近づけていっている、と評しています。
そのリアリティとは何か。
「フランスから来た犬」
「フランスから来た犬」(部分拡大)
赤い3人の棒人間の周り、犬の輪郭はグレーの絵の具を後から塗ったのだと思われますが、塗り方、筆の跡に惹かれます。
「テーブルの上の靴」
「テーブルの上の靴」(部分拡大)
グレーの点は、一度張ったキャンバスを剥がした後、角だった部分に見られる下地の剥げた感じに似ています。張り直したキャンバスを使用しているのかなぁ。
「後ろ姿」
「後ろ姿」(部分拡大)
消された様な線の数々。なんとなく手の跡も見える。粘土を捏ねて成形した跡のようです。
「untitled」
「untitled」(部分拡大)
下地なしの生キャンバスに描いているのかな。
「untitled」
黒い土と白い釉薬でつくられた「アスティエ・ド・ヴィラット」という陶器のブランドがあります。そのイメージが浮かびました。「アスティエ・ド・ヴィラット」は、19世紀の伝統的な器に着想を得たものだそうですが、この作品にもそのような重厚なイメージがあります。
「untitled」(部分拡大)
見えている色数は少ないにもかかわらず、下に塗られた様々な色が見えます。
「untitled」(部分拡大)
「untitled」(部分拡大)
木枠も自身で組んでいるそうです。ゆえに歪んでいたり凹みがあったり。それも作品の重要な構成要素と感じます。
「untitled」
黒い画面にも、様々な色がある。
「untitled」(部分拡大)
情報量が多い。
中央に大きな作品。
「花のあるポートレート」
「sad but true」
個人的に好きな作品です。どれが足なのか首なのかそもそも体なのか、わからなくなる。赤い指。流れた血? タイトルも胸に響く。
「踊るプリンセス」
「踊るプリンセス」(部分拡大)
「踊るプリンセス」(部分拡大)
「ゴースト」
「す」
イボの様な盛り上がり。素の感じ。
「untitled」
「自由に描く、ではなく、リアリティに忠実である」という意味が少し分かったような気がします。細密画というわけではないのに、見れば見るほど新たな要素に気づかされ、情報量がすごく多いのです。作家の見ている世界が細部に至るまで表現されている、ということでしょう。
今回記事を書くにあたって、金さんが写真新世紀優秀賞を受賞した際の作品とステートメントをチェックしたのですが、「作家の自身のリアリティ」を理解する手助けになると思いましたのでステートメントをここに引用させていただきます。作品タイトルは「私は毎日、顔を洗っています」です。
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私は毎日、顔を洗っています
日ごとに早い速度で変化する世の中は矛盾した点が多く、いつからか正義は定義できないということに気付き、私の考え方やまたは判断はいつも正しくはないということに気付いた。
昨日より今日の私は、どれくらい変わっているのか。
どのような規則も決まりもなく素直に撮ってきた写真は、自分がここに存在している、考えているということを証明し、話したがっていたのかもしれない。
(写真新世紀 金玄錫 ARTIST STATEMENTより引用)
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その人にとっての正義が定義できないほどに揺れ動く世界。リアリティもおそらく揺れ動いて定まるものでもないでしょう。見えて来そうな何かは常に揺れ動いている。
そんな揺れを画面の中に感じることができますし、一貫性があるとしたら、金さんという視点の存在です。
餌台の餌はひまわりの種と決まっていて、同じ鳥でも鳩は追い払う、という理由なきエゴが、揺れ動く画面の中で精密に表現されています。作品一枚一枚が短編小説のようだという感想を持ちました。
自分が表現者の側だったなら嫉妬してしまうだろうな。ぜひ、足を運んでみてください。
展示風景画像:金玄錫 個展「私に言ってみて」
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