辰巳菜穂 個展「Fragments」
会 期:2022年3月5日(土) - 2022年3月13日(日)
時 間:12時-19時
休 廊:会期中無休
場 所:ロイドワークスギャラリー
展覧会URL:
一見、異国情緒あふれる開放的な風景。ですが、これらはGoogleストリートビューで見つけた風景や人物を描いた作品だそうです。
辰巳菜穂さんは筑波大学芸術専門学群建築デザイン卒業、日本だけでなく韓国や台湾などでも作品を発表、広告・書籍・アパレルにてイラストレーションも手がけています。
「A boat - Pernambuco」
「Rapid Blue Bus - Los Angeles」
「Rapid Blue Bus - Los Angeles」(部分拡大)
途中で消えている電柱。
「Rapid Blue Bus - Los Angeles」(部分拡大)
電柱のないところに現れる赤信号。道路には色の破片。
「Rapid Blue Bus - Los Angeles」(部分拡大)
この左側と右側では違う日かもしれない空。
「Low resolution people no.7 - San Francisco」
低解像度の人。
「Low resolution people no.7 - San Francisco」(部分拡大)
人物の後ろは別の時間帯の人影でしょうか?
「Mexican Food - California」
「Mexican Food - California」(部分拡大)
看板がずれていたり、濃い青が宙に浮かんでいたり。
「Low resolution people no.8 - Tokyo」
「Low resolution people no.8 - Tokyo」
ペアルックです。見つめ合っている、、、というよりは会話中かも。表情はぼやけています。
展示の初めに掲示されているステートメントで、描かれているのはストリートビューで見つけた風景であるということが明かされているので、そのつもりで鑑賞するのですが、色の違う空や、不自然な影、看板のずれ、人物の不鮮明な表情など、ストリートビューに忠実であるが故の表現は、なぜかペインティングの味のように自然に受け取ってしまいます。ストリートビューらしさをあえて探さないと見つけられないと言うか。
写真ではなく絵に描く理由、絵の存在意義の一つとして「シュルレアリスム」が挙げられると思います。「シュルレアリスム」とは、フランスの作家アンドレ・ブルトンによる「シュルレアリスム宣言」(1924年)という書物に起源を発し、フロイトの深層心理学「人間にとって意識は氷山の一角にすぎない」「夢こそが願望の充足である」という理論に多大な影響を受けた芸術運動です。現実ではありえない、夢の中や潜在意識下に存在するような描写が特徴です。シュルレアリスム的なペインティング表現に慣れてしまったからなのか、ストリートビューの画像にあるはずの違和感が、ペインティングに変換されると自然に見えてしまうという。
問い:以下の作品は実物を描いたものか、ストリートビューの画像を描いたものか、答えよ。
「Pacific Coast Hwy」
なんて。本展の作品はすべてストリートビューの画像を描いたものだそうです。
では、次の問いはどうでしょう。
問い:描かれているのは現実世界か、非現実世界か。
「Low resolution people no.6 - San Francisco」
「Morecambe,UK」
「Walls - California」
「Paris, Texas」
「Mission St, San FranciscoⅢ」
「W Broadway St, TexasⅠ」
「Mission St, San FranciscoⅠ」
「Low resolution people no.4 - Morecambe」
「Mission St, San FranciscoⅡ」
「W Broadway St, TexasⅡ」
「Low resolution people no.5 - Chelyabinsk」
ストリートビューに写っているのは現実に存在する世界ですが、ズレた文字や看板、人のいない街道、止まっているように見える走行中の車、表情の見えない人たち、は非現実的で夢の中の世界のようでもあります。ストリートビューって実際の画像を使ったシュルレアリスム作品だったんですね。それは冗談にしても、ストリートビューをペンティングで見せるという辰巳さんの視点の妙で、この作品を単純に具象と言い切れない気持ちがあります。
「Blue Door - Paris」
ご存知のようにストリートビューは更新されるものです。今はアクセスできる画像も数年後には上書きされてしまいます。そこにたまたま写った車や人はいなくなっているだろうし、青いドアは赤く塗られているかも知れません。これは都市の記憶であり、人々の記憶でもあります。そして、現実の世界であるのにどこか夢のような、非現実的な場面は、インターネットを通した仮想空間そのものであり、現実を伝えていたとしても実感がないものという気がします。
展覧会タイトル「Fragments」は「かけら・断片」という意味です。私たちが現実世界から受け取っているのは断片に過ぎず、その断片が各個人の中で組み合わさって記憶となり「その人の真の現実」となる。ストリートビューが仮想空間ではなく現実としての実感を備えるためには、その過程が必要な気がします。印象的なのは、低解像度の人々の顔がはっきり描かれていないにも関わらず、その表情が何となく分かるところです。描かれていない表情を、脳内で補完しているのです。シュルレアリスムが「超現実」「現実を超える」と言っているのは、この脳内の補完を各個人に行なってもらうことで、強く「その人の現実」を浮かび上がらせるからではないでしょうか。
いろいろ考えてしまいましたが、本展に興味を持ったのは、ストリートビューをペインテイングした、ということよりも、絵の雰囲気が好きだったから、です。辰巳さんのペインティングの魅力が、この「ストリートビューを描く」という、よくよく考えると一筋縄ではいかないコンセプトもすんなり受け入れてしまう理由と感じます。描き出されたのは心象、感じ取ったものも心象。ぜひ生で味わってみてください。
展示風景画像:辰巳菜穂 個展「Fragments」
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