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【おすすめ BOOK】教養としての近現代美術史

 

教養としての近現代美術史

 

三田晴夫

自由国民社

2019年

 


美術は教養? ビジネスに役立つ?

 

美術ジャーナリストの三田晴夫さんによる本。

 

タイトルの『教養としての』という部分とか、帯に書かれていた「仕事 (ビジネス) に使える言葉が満載!」という煽り文句に、やや訝しさを感じてしまうアート好きの方も、ひょっとしたらいらっしゃるかもしれません。

 

 

せっかくなので帯付きの書影も載せましょう。

 

どん!

西洋美術史がわかれば「世界」がわかる。ちょっと大袈裟な気もしますね。


 

帯に関しては、目を引くし、メリハリがついてデザイン的にもかっこいいのですが、いわゆるビジネス本や自己啓発本に見られる、短絡的な売り文句ばかりがクローズアップされている気がして、本書の、真摯な、危機感さえある上梓までの経緯が薄れて伝わってしまっているのではないかと、残念でなりません。勿体無い。

 

 

 

ロマンチストさん (誰?)

アートは個人の感性で感じるものなの! (教養 ≒ 頭でっかちなアプローチ、では理解できないのよ )

 

 

嫌儲さん (誰?)

利益を優先してアートを観んじゃねーよ!にわかが。作品買ってもすぐ手放すんだろ! (ビジネス ≒ 資本主義 ≒ 儲からなかったらポイ)


 

なんて思われてスルーされそうです。お二人の意見にも同意できる部分はあります。

 

ことのしだい」にも書きましたが、当サイトは、「アートの好みを見た目から探ろう」という提案とか「購入した作品を短期で手放し利確するフリッピングは最悪」なので推奨しないとか、上記の、ロマンチストさん、嫌儲さん的なスタンスではあります。

 

 

グローバルなビジネスの現場で起こっている危機

 

しかし、本書の「はじめに ー なぜ近現代美術史なのか」という導入部分を読むと、上記の問題とは全く別で、とにかく頭に入れて置かなければならない美術の常識があるんじゃないか、と危機感を持ちました。

 

グローバルな場で活躍する日本のビジネスパーソン。彼らの悩みの一つとして、業務外のコミュニケーションで展開される美術の話題にさっぱりついていけないこと、が挙げられている、、、というのです。

 

これって、、、かなりまずい状況ではないですか、、、!

 

要は、リラックスした場で出てくる話題、映画とか音楽とか、その流れでの美術の話題について、日本人は決定的に素地が欠けてるので話に入れないってことです。「スターウォーズ」とか「ターミネーター」とか「マトリックス」とか観てないと話に入れないのと同じ、と言ったら危機感が伝わるでしょうか?

 

「現代アート? よくわかんないんだよね」

「美術史? そんなの専門家に任せておけばいいでしょ」

 

とか言ってる場合じゃないですね。

 

 

「ルイ・ヴィトンって存じ上げないんですが、高いんですか?」

 

みたいな質問を平気でしちゃう恐れがあるってことです。一時の恥で済めばいいですが、常識ないやつと思われて業務に支障が出るかもしれない。迂闊に話題に入れないのはよくわかった、、、。

 

 

この「美術の話題が原因でコミュニケーション・ギャップに悩まされている」というのがブラフではない、と思える経験があります。2000年にオープンしたロンドンの Tate Modern を観に行くついでに、語学学校にも短期で通ってみたのですが (注:短期過ぎてカタコト英語しか話せません、、、)、そこの講師との授業外での会話はこんな感じでした。

 

講師:「アート好きなんだ? 誰が好きなの?」

私:「うーん、エリザベス・ペイトン、かな」

講師:「ああ!いいよね」

 

当サイトのようなニッチなサイトに辿り着く方には、え?普通の会話だよ?、と思われるかもしれませんが、2000年といえば、日本では村上隆さんが一般的に知られ始めたくらい、草間彌生さんの一般の認知度もまだまだ低かった気がします。エリザベス・ペイトンは1995年、カート・コバーンの寝姿を描いた水彩のような油彩「Kurt Sleeping」が印象に残っていて、講師を試すつもりもなく、当時好きな作家といったら一番初めに浮かんだので答えただけなのですが、その後も普通に「いいよねー」という会話ができてすごく嬉しかった思い出があります。特にアートに詳しい講師だったとか、アートに特化した語学学校だったというわけではありません。何でロンドンに来たの? からの、Tate Modernに行きたくて、という流れだったと思います。つまり、普通の一般常識内での会話です。「Radioheadの新譜『Kid A』楽しみだよねー」くらいのノリ。エリザベス・ペイトンはその後、羽生結弦選手を描いた作品などで日本でも知られるようになりましたが、一般の会話で「いいよねー」みたいなノリで話せる状況って現2022年の日本で実現しているのだろうか?

 

何が言いたいかというと、欧米におけるアートという文化は、日本人が想像するよりもはるかに自然に深く日常に根付いている、ということです。今や、欧米に限らず、Art Baselが開催される香港、2022年9月にFriezeが開催されるソウル、のことなどを考えるとアジアの中でも日本はダントツで最悪にアートをスルーし過ぎ。グローバルな場でどんどんハブられていく日本人の未来が目に浮かぶ、、、。

 

再度、帯に登場してもらいましょう。

 

何となくわかっていると思っていても、他の人にちゃんと説明できるレベルで理解できてないかも。


とにかく難しい印象の美術史において、本書の読みやすさは最大のおすすめPoint

 

では、取り急ぎ美術史を知識として身につけるには、となった時に、本屋に行くとこれまた戸惑います。美術史を専門に扱う人用の書籍から、美術検定用のテキスト、図録多めで目で追うもの、文字多めで読むもの、10年ごとに流れを解説するもの、用語集、などなどです。どれを買っていいのか。

 

ペラペラとめくって相性の良い物を選ぶのが一つの手段ですが、本書は「はじめに」で提示されたようなグローバルな場でビジネスパーソンが美術の話題に尻込みしないように、という目的から書かれた美術史本です。ただし、具体的な内容に関しては、帯にある「仕事 (ビジネス) に使える言葉が満載!」とはちょっと違うかな、と思います。

 

著者の三田晴夫さんは、毎日新聞学芸部にて1980年から2008年まで美術担当記者として活動され、その間、女子美術大学大学院、多摩美術大学油画家、早稲田大学にて現代美術の非常勤講師もされてきました。美術評論家連盟会員であり、美術ジャーナリストとして展覧会評も執筆されています。

 

 

難しい印象の美術史において、読みやすい文章、主要な作品の要所が簡潔に述べられている点などは、時間のないビジネスパーソンに最適と言えると思います。文字の大きさも小さ過ぎず読みやすく、キーワードは太字となっているので、気になる章から斜め読みをしてもよいかもしれません。

 

残念なのは、作品の写真が少ないことです。掲載されている作品は白黒なので、イメージが湧きにくいという欠点もあります。その点はインターネット検索を補助的に使うか、作品掲載が豊富な図録と併せて読み進めると理解度は倍増すると思います。

 

各章の導入部分はすっと引き込まれて入りやすく、時代背景や作家の人物相関も網羅された簡潔な文章はさすが新聞記者さんだ!と思いました。王道の歴史書や教科書とは別に、本書を副読本として所有するのも大いにありと思います。

 

 

日本から一歩も出ないと決めている人でさえ、インターネットで繋がってしまった世界とは無縁ではいられません。兎にも角にも、世界の常識、美術史を頭に入れていこうじゃないですか。知識が入ると鑑賞時の考察も捗ります。文化は楽しい。映画、音楽、ファッションと、さして違いはないはず。当サイトでも、引き続き、おすすめ本を紹介していこうと思います。

 


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