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感想 川角岳大 個展「呼吸をとめて」

 

川角岳大 個展「呼吸をとめて」

 

会 期:2022年4月16日(土) - 2022年5月15日(日)

(土日祝のみ開廊)

時 間:12時-19時

開廊日:4月16、17、23、24、29、30日、5月1、3、4、5、7、8、14、15日

場 所:Token Art Center

展覧会URL:

http://token-artcenter.com/archive/15_kawasumi


 

川角岳大さんは1992年生まれ。愛知県立芸術大学美術学部美術科油画専攻卒業、東京藝術大学大学院美術研究科修了。

 

本展を観にいく前にToken Art Centerさんの展覧会紹介を拝読しまして、ギャラリーのスタッフさんにも「川角岳大さんの作品を拝見するのは初めてなのですが」と申告し、以前の作品や、「犬」というキーワードについて少し伺って、イメージを膨らませていたのですが、、、すみません、川角さんの作品、拝見してました! しかもあまり日が経っていない今年のこと! 2022年の1月に名古屋市美術館の「現代美術のポジション 2021-2022」展で!

 

その時に展示されていた犬の作品も、「In the car」という作品も好きで印象に残っており、画像が写真フォルダにちゃんと残っていて、さらに本展「呼吸をとめて」にも「In the car」と同じ構図と思われる印象的な対の作品があるのに、、、この記事書き始めるまで気が付かなかった、、、。

 

Token Art Centerさんの展覧会紹介には

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これまでの川角作品を知る方であれば、絵画のみの展示構成、またメインビジュアルにも表れているアクリルの淡い色彩を意外に思われるかもしれません。

(Token Art Center 川角岳大 個展「呼吸をとめて」展覧会紹介 より抜粋)

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と書かれています。それほどまでに作品の印象がちがう! ということを身をもって知りました。

 

 

展示風景画像:「現代美術のポジション 2021-2022」名古屋市美術館 2022年

左:「Front dog」 右:「Rear dog」 (2019年)

 

「GO DOG」(2014年)

 

「パイナップル」(2015年)


 

「In the car」(2021年)

 

「In the car」(部分拡大)

人の後ろ姿にも、車のシートのシルエットにも見える。そこに映るプリズムが、自分も見たことがある場面のようでいて、奇跡の一瞬を捉えているようでもいて、とても好きな作品でした。


 

なぜ、犬というモチーフが多かったのか。それについては、2021年8月のアートラボあいちアーティストインタビューの中で、川角さんの祖父の家を訪れた際に、そこで飼われていた犬を描いていたこと、普段から一緒にいるわけではない存在だったため気になったこと、毛が多く、練習のような感覚で描いていたこと、などが語られています。

 

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すごいものを発見したいと思って、ものを見ようとすると、あまり見つけられないです。新しい発見を元に、作品を制作できたら一番よいのですが、大抵はすでに発見し終わったもの、つまりいろいろなことをやっている途中途中に起きたことや、見たもの、経験したことを元に制作しています。制作する時に、それがふと湧いてくるというか、いつの間にか制作し始めている感じです。それは、気がついたら犬の絵を描いていることと近いです。あえてどこかに出向いたこともありましたが、自分の場合は、どうしてもわざとらしくなってしまったため、最近は焦らないで、待っている感じです。

(アートラボあいちアーティストインタビュー|川角岳大 より抜粋)

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また、前述の名古屋市美術館での展示に寄せられていた川角さんの言葉からも、自然と犬に目が向けられる様子を窺い知ることができます。

 

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家の前の畑で犬が丸くなって寝ている。とても天気のいい日で、咲いたツツジに蜜蜂が入れ替わり入っていく。その音に気を取られて立ち上がった犬が起き上がって伸びをし、心地のいい場所を隣に移す。すると丸くなっていた犬は無くなって、さっきとは全く違う形で空気を押しのけて別の犬が現れていることに気がつく。それがとてつもなくあたりまえで、すごいことのように思う。そんな絵を描きたいと思う。

(「現代美術のポジション 2021-2022」名古屋市美術館 2022年|川角岳大「出品作品について 日ごろ、考えていること、感じていること」より抜粋)

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川角さんにとって「すごいもの」とは、見つけようと思って意識して身構えて捉えるものではなく、あたりまえに存在している物事の中から見出されるもの、なのだと思います。見出す側の目、感受性によって何を捉えるかが変わってくる。川角さんは2年ほど前からお祖父さんのいる三重に居を移し、狩猟や魚突き、畑仕事と並行して作品制作をされているそうです。本展「呼吸をとめて」は、川角さんが、日々の暮らしの中で待つようにゆったりと絵を描くことに向き合っている様子が伝わってくる展覧会でした。

 

 

 

以下より本展の画像です。

展示風景画像:川角岳大 個展「呼吸をとめて」

 

「ひっかけ」

 

「Fin」


 

「Chasing」

 

「鳥たち」

 

「Right mirror」


 

1階は海やその周辺で起きた出来事が描かれているのでしょうか。水が揺らいでいる。マットな画面なのに光を感じます。マットな質感は川角さんが意識して選んでいるもので、油絵具特有の艶があまり綺麗に見えないと感じることがあり、アクリル絵の具を使うことが増えた、とアートラボあいちのインタビューの中で答えていました。

 

 

会場のToken Art Centerさんは2階もあります。昔の建物特有の急な階段を上がると、リフォームされた板張りの床の心地よい空間に、椅子と植物と作品が飾られていました。

 


 

「小瓶」

 

「小瓶」(部分拡大)

蜘蛛いる。


 

「Night drive」

こちら「In the car」と構図、似てませんか?

 

「Night drive」(部分拡大)

夜の、光。


 

対になるように作品が飾られています。

 

「Day drive」

暖かな光。


 

「ツツジ」

単純なようでいて花の輪郭線のズレに動きを感じます。蜜蜂もいます。

 

「角のある骨」

草が萌えるような背景。


 

「Crush」

 

「麦わら帽子」

帽子だけ飛んでいった? 被っている人が見える気もする。


 

「二つのライト」

このライトの光の表現が、本当にライトそのままという感じでびっくりしました。光がそのまま描かれている。

 

「二つのライト」(部分拡大)

蜘蛛いる。


 

「Spider」

 

「角とpods」

何かなと思ったら無線イヤホンAirPodsですね。


 

全体を通しての感想は、目を細めて見る世界のようにぼやけた視界の中で、光を強く感じた、ということでした。画面もマットな質感なのに、どこか眩しい。プリズムが描かれている「In the car」よりも光を感じます。ふんわりとした「印象」という大きな単位を描いているように見せかけて、実は、漂う粒子といった精密なものを描いているのでしょうか。

 

Token Art Centerさんの展覧会紹介を再度引用すると、

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眠っている間に見た夢が、起きてから思い出そうとすると、捕まえようとする(言語化あるいは記号化といった)網からするりと逃れて消失していってしまう経験に似ていると川角は言います。つまり思い出しながらではなく、むしろ忘れながら描くという制作のあり方。

(Token Art Center 川角岳大 個展「呼吸をとめて」展覧会紹介 より抜粋)

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言われてみれば「夢」を思い出そうとする時、すごく印象に残っていながら、前後のストーリーや周囲の風景をどんどん忘れていく感覚があります。起きたばかりで寝ぼけているから、と思っていましたが、夢を見ているレム睡眠時は記憶の整理と定着を行っていると言いますから、「思い出す」という動きとは逆を行く状態なのかもしれません。例えるなら、ファイルをしまう動作とファイルを取り出す動作の違いです。「夢を思い出そうとする」こと自体が矛盾している?

 

人が「記憶する」時には、川角さんの作品に描かれているような、少しボヤっとした映像が脳裏に現れている。だからこのマットな質感でも、 ≒ を感じたのか。

 

 

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タイトルの「呼吸をとめて」には、目的地へ向かうまでの車の運転のように、普段無意識にコントロールしていることに目を向けるという、川角の現在の生活や制作に対する意志などが反映されています。川角は本展を通して、当たり前に可能と思われている見ること、描くことの奥底へ「呼吸をとめて」潜っていくことを私たちに求めています。

(Token Art Center 川角岳大 個展「呼吸をとめて」展覧会紹介 より抜粋)

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ひょっとしたら川角さんは、「Crush」で描かれているように、無意識下で運転していたある時、鳥とぶつかって無意識の状態を意識したのかも知れません。はっと息を飲んで、呼吸がとまった。

 

無意識下であたりまえのように行なっていることを意識してみる。毎日のレム睡眠時の、記憶の整理と定着を意識してみる。「という印象があります」と言うのと「という記憶があります」と言う場合には大きな違いがあります。絵を描くという時、何を描いているのか。私たちは何を見て、何を記憶しているのか。

 

ふわっとした印象だけに留まらない、示唆に富んだ展示でした。描かれている光は実際の作品を観ることで存分に感じられると思います。ぜひ、足を運んでみてください。


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