佐々木万志帆 個展「不器用な愛情」
会 期:2022年11月25日(金) - 2022年11月30日(水)
時 間:12時-20時 (水曜日17時終了)
休 廊:木
場 所:新宿眼科画廊
展覧会URL:
https://https://www.gankagarou.com/show-item/202211sasakimashiho/
新宿眼科画廊で開催の佐々木万志帆さんの個展に伺ってきました。SNSでアイコンに使用されている馬のような人のような不思議な生き物の絵が私のツボで、以前から気になっている作家さんでした。
佐々木さんのTwitterアイコン
ツボです。怪しさもありつつ、表情といい、体のバランスといい、色といい、描けそうに見えてなかなか描けない絵、と思いました。
展覧会タイトルは「不器用な愛情」です。
所狭しと作品が展示されています。
ステートメントも掲示されていました。「愛情」がテーマということです。むむむ、難しいテーマ。容易に答えが出ないものだからこそ、佐々木さんの今後も含んだ作家活動全体の軸となるテーマのようです。
ステートメント
ステートメントを読むと、佐々木さんが経験した出来事を通して「愛情」についてさらに深掘りして考える日々の中で生まれた作品群ということが分かります。
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愛情を注ぐってとても難しいなと感じた 1年でした。
どれだけ大事に想って良い関係を築くために努力していても、
空回りしてしまう
愛することは一方通行しがち
相手にとってベストな愛し方を常に考え
欲しているものを与え続けるのが愛なのか
離れること
傷つけること
これらも愛情なのだとしたら私は愛情がわからない
思い返せば私はずっと愛について考えている気がする
愛とはなんなのか
それを知りたくて制作をしている気もする
愛が原動力なのは間違いない
(会場掲載のステートメントより抜粋)
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作品群からは、様々な形の「愛情」を描きながら答えを求めるような思いが伝わってきます。
葉も展示され、インスタレーションの趣きがあります。
愛情の根源を探っている。
思考のぐるぐるにハマっている、、、?
最後「そんな風に考える自分も意地悪だ」としているけれども、「わがままで醜い」というところが、私には一番すっと入って来ました。
「愛情」については私も分からないけど、「わがままで醜い」ことは大いに関係していると思います。
「ドローイング」3点
この箇所のドローイングが 1人ずつしか描かれていないことが示しているような気がする。「愛情」って実は「主観的」なものだと思います。「それは愛情じゃない」と他人が評価する行為は、「愛情」の真逆の「拒絶」であるし。
「ドローイング」
素材を確認するとフローリングに木炭ということです。フローリングに描いている⁉️
「ドローイング」(部分拡大)
なんとなく、愛の難しさに挫折する人と、再び立ち上がれるように励ます人に見える。
左より:「 (笑) 」「喪失感」「愛しています」
「 (笑) 」
このタイトルはなぜだろう。自嘲している? 愛に自信をもってキラキラしていた自分を笑っているのかな? もしそうだとしたら、そんなことしなくてよいのに。
「喪失感」
このタイトルはピッタリな気がする。喪失感が溢れる画面です。
「愛しています」
私的にはこの「愛情」のイメージがピッタリきました。個がそれぞれに「自分は愛している」と主張するが、それぞれに違う、というイメージ。
「ドローイング」
じっと見つめる淡い顔。消えていきそうな色合い。眼差しは強い。
「ドローイング」
1人。赤い 1人。そして、花。
花は「愛情」のメタファーでしょうか。
正面に展示されている 2作品は、思考の迷路に入った「愛情」を客観的に見ながら表に吐き出したような印象を受けました。
左:「大切に想う」 右:「愛情不足」
「大切に想う」
少し「母性愛」の雰囲気も感じます。色の明るさや人物の明瞭さにも、「愛情」に実体が伴った、という形で、主観的な「愛情」に自信が芽生え始めた印象です。
「愛情不足」
こちらは「愛情」を見失っている。
「愛することは」
この作品に見られるような、佐々木さんの人物表現に魅力を感じます。これは、さらけ出している、そういう感じを受けました。色がない人物像だけど、生気を感じます。
「悪巧み」
悪巧み感すごい出てますね、、、。「愛情」なのか、、、?
「忘れたくないよ」
切ない。素直な気持ちの吐露でしょうか。
上:「ドローイング」 下:「ドローイング」
不思議な世界観。正確な言葉では表せないこの混沌とした雰囲気の中に佐々木さん独自の魅力を感じます。
「欲しいものは本当に」
無表情で分割された顔。片方には家が見えます。家と反対側にある選択肢はなんだろう? 何もないのでしょうか? 観る人それぞれの感じ方に分かれそうです。
「全部夢でしたか?」
「全部夢でしたか?」(部分拡大)
2つの顔が見えます。でもよく分からないくらいにぐちゃぐちゃになっています。
「愛情」というなかなかに難しいテーマの展示でしたが、絵の表現そのものに、混乱している様子や不明瞭さ、苦悩といったものが表れているような作品群だと感じました。佐々木さんの作品制作のスタイルは、人生そのものを私小説的に表現していくことなのかも知れません。今後、「愛情」というものがどうなっていくのか、この展示の後はどんな変化があるのか、気になります。
鑑賞者が考える愛について、書いて貼って残していくというアンケートも実施されています。
この汚い字は私のです。
先ほど、愛情は主観的なものと書きましたが、客観的に見るために反対の感情「憎む」ということが分かれば、逆も分かるのかな、と思うようなことが個人的にありました。
「愛情」を自覚するのは主観的なことだと思うし、逆説的ではありますが、自覚してしまったらわざとらしくなって嘘っぽくなる、という堂々巡りのように思います。そして「あの人は愛情深い人だった」というように他人に委ねる形でしか答えが出ないものなのかも知れません。それでも、わがままで醜くても、主観的に愛情を体現していくことで伝わることはあると、そういう希望を私は持っています。
それこそ主観的に作品群を解釈してきました。鑑賞者自身の「愛情」を考えるきっかけになる展覧会と思います。ぜひ、足を運んでみてください。
展示風景画像:佐々木万志帆 個展「不器用な愛情」
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