· 

感想 上田勇児・梅津庸一 「フェアトレード 現代アート産業と製陶業をめぐって」

 

上田勇児・梅津庸一

「フェアトレード  現代アート産業と製陶業をめぐって」

 

会 期:2023年1月17日(火) - 2023年2月18日(土)

時 間:13時-19時

開廊日:展示会期中の火曜日から土曜日

主催・会場:Kanda & Oliveira

企画・会場構成:梅津庸一

協 ⼒:丸二陶料株式会社、田中優次(株式会社 釉陶)、艸居、陶園、株式会社ブルーアワー、シンリュウ株式会社、ペンション紫香楽、丸倍製陶、大塚オーミ陶業株式会社、株式会社東京スタデオ、株式会社灯工舎、株式会社亀岡配送センター、池田精堂、むら写真事務所、Kanda & Oliveira

展覧会URL:

https://www.kandaoliveira.com/ja/exhibitions/12-fair-trade-about-the-contemporary-art-industry-yuji-ueda-yoichi-umetsu/


 

2022年9月のタカ・イシイギャラリーでの個展「緑色の太陽とレンコン状の月」の感想を書かせていただいた梅津庸一さんの、関東での展覧会に伺ってきました。

 

2021年から六古窯のひとつである信楽に拠点を持ち作陶している梅津さん。本展は信楽在住の作家、上田勇児さんとの2人展で、日本のアートシーンでの陶作品ブームを絡めた信楽の現在を映し出す、大変意味深い展示でした。

 

会場の Kanda & Oliveira さんには初めて伺ったのですが、コレクターさんのお家に訪問したような、上質な空間が素晴らしく、また、その空間を活かした作品の配置や見せ方にも思わず唸ってしまいました。有意義な鑑賞体験が出来ます。

 

 

 

1階

壁のペイントなど梅津さんの展示の特徴が出ています。→参考:【パープルームTV】第129回「梅津庸一 浜名一憲 6つの壺とボトルメールが浮かぶ部屋 解説動画 Part 1」15:37〜「壁には梅津によるペイント」

 

 

 

「untitled」Yuji Ueda

 

上田勇児さんの作品は、収縮率や耐火度の違う土をブレンドし、ミルフィーユのように重ねることでもたらされる偶然のひび割れや剥離などを特徴としています。偶然に全てを任せるのではなく、緻密な計算と伝統の勘を用いて生み出される作品は、日本の美意識である侘び寂びのような趣きと「未来から発掘された」とでも言うようなSF的な感覚の両方を持ち合わせているように感じました。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

壺や卵型のもの、泥団子など主題は極めてオーソドックスだが、やきもののセオリーと逸脱の間を行き来しながら実用性の低い作品をつくる。実用性を排することでオブジェの要素が強化され「純粋美術」の領域に踏み込んでいる。上田作品は器としての実用性を捨て去りアート作品として最適化していると言えるだろう。

 

(Kanda & Oliveira 上田勇児・梅津庸一「フェアトレード  現代アート産業と製陶業をめぐって」本展について 梅津庸一 より抜粋)

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

「untitled」(部分拡大)

色や形、崩れそうで崩れていないところに、とても惹かれます。

 

「untitled」(別角度より撮影)

底にもヒビがあります。器として機能しないとしても、この不思議な魅力はどこからくるのだろう、、、。美術品が持ち得る「美」の結晶を焼成したもの、という感想を持ちました。


 

同室には奇妙な形の梅津さんの作品群が並びます。タカ・イシイギャラリーの個展で観た時とはまた違った印象を受けました。SF感がありつつ、土や釉薬の合わさり方や焼成可能な形などについて、実験的に、手探りで作陶が行われていた部分もあったのかな、と上田さんの作品との共通点が見えてくるようにも思います。


 

「ボトルメールシップ/Bottle Mail Ship」Yoichi Umetsu

前回の梅津さんの個展の記事では、上の画像のようにボトルメールシップの口が割れて落ちたものはレアという話を書きました。ここで改めて観ると、瓶のガラス質と粘土や釉薬に含まれるガラス質との成分比率の違いを活かした作品という見方が出来ます。

 


 

「untitled」Yuji Ueda

甲虫類がひっくり返った姿にも見えます。私は未知の惑星に不時着したのだろうか。SFっぽさを感じるのは、上田さんの作品の制作手法が、偶然に全てを任せるのではなく、土の成分を分析する研究者的な理論と、また伝統的に受け継がれてきた職人的な勘の合わせ技であるからでしょうか。先端技術と伝統の両方を兼ね備えた高度な文明、をイメージさせます。

 

 

 

「月光スタンド/Moonlight Stand」Yoichi Umetsu

この梅津さんの作品も、とある惑星から月を見ている生き物の図、のように見えてきました。

 

 

 

ドキュメント映像「現代アート産業と製陶業をめぐって」が上映されている部屋では、日本のアートシーンの中で陶作品を支えている信楽の現状を明らかにするようなインタビューが観覧出来ます。

 

👇は大塚オーミの大山さんと梅津さんの会話の様子

「信楽がしがらみ」という梅津さんの言葉から、企業と作家の新しい関係に発展!?

 

 

パープルームTVにも対談が続々UPされていますので、要チェックです。

 

【パープルームTV】第167回 「フェアトレード 現代アート産業と製陶業をめぐって」 対談第1弾 梅津庸一 × 上田勇児

梅津さんと上田さんとの対談では、陶作品を作るに至った経緯や制作工程に違いがあるお2人の和やかな会話が鑑賞出来ます。私は先程「実験的」という部分に2人の共通点があると書きましたが、この映像の「何か色々忘れいていきますよね」 (36:16〜) という、制作時のことを正確には覚えていないという会話から、アドリブ演奏のような、その場の感覚がものをいうライブ感が共通点としてあるのかな、とも思いました。

 

 

 

梅津さんと信楽の陶器を支える方々との対談では、本展のテーマである「陶芸と美術の下部構造を見直す」「制度や産業としての美術や陶芸の現在」ということがストレートに伝わってきます。何が良くて何が悪いのか、ということを短絡的にジャッジ出来ない複雑な部分があるからこそ、現状を知ってもらうということに意味があるのだと思いました。現状では違和感がある部分、例えば、信楽で大量生産される陶産業のインフラがあってこそ、作家個人が少量から粘土や釉薬を買えるという事実。個人の消費でも 100kg と聞くと、陶芸をしない私には大量だと思ってしまいがちですが、信楽の産業レベルでの発注量はトン単位。さすがに売れっ子現代アート作家でもトン単位では原材料を発注出来ないのではないでしょうか? そのように、産業インフラに支えられた陶作品ブームがあるにもかかわらず、現代アート作品は信楽の外で付加価値が付き、市場では1点 ◯百万〜◯千万 などで売買されたとしても、信楽にお金が落ちるのは原材料費分でしかない、といういびつさがあります。

 

 

【パープルームTV】第168回 「フェアトレード 現代アート産業と製陶業をめぐって」対談第2弾 梅津庸一 × 田中優次 (株式会社 釉陶)

 

 

 

 

2階へ

 

「untitled」Yuji Ueda

 

「黄昏/Twilight」Yoichi Umetsu

家に作品を飾ったらこうなるかしら?、と想像出来ます。

 

 



3階へ

 

「霊気のターミナル/Spirit Terminal」Yoichi Umetsu

 

広い部屋には、、、

 

 

おお、、、?

 

これは「緑色の太陽」ではないか!?

 


「緑色の太陽」は、タカ・イシイギャラリーでの個展で展覧会タイトルにも登場した言葉で、その中では、1910年に高村光太郎が発表したエッセイの文脈を持っていました。→参考:感想  梅津庸一 個展「緑色の太陽とレンコン状の月」

 


先ほどの2階の本棚にも高村光太郎の「緑色の太陽」がある!

 

3階の広い展示室に入ろうとした時、衝立のようにそびえ立っている青い壁に違和感を感じたのですが、これは、まず「緑色の太陽」が覗いている景色を鑑賞してもらうという狙いがあってのことだそうです。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

絵画としての優劣は太陽の緑色と紅蓮との差別に関係はないのである。

 

 

高村光太郎「緑色の太陽」 より抜粋

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー


そう私たちに語りかける「緑色の太陽」に導かれて中に入ると、色々なものが見えてきます。

 

 



左:「untitled」Yuji Ueda 中央:「untitled」Yuji Ueda 右:「untitled」Yuji Ueda

1階では上田さんの作品にSF的な魅力を感じていましたが、3階の展示のこの並びからは、発掘された土器や卵の化石ような印象を受けました。

 

 

この「緑色の太陽」からは様々な意味が受け取れるようになっているそうです。梅津さんの垂れた釉薬の表現を、信楽在住作家である上田さんの作品が受け止めている。信楽のインフラに支えられた現代アート、という文脈を表現しているように思います。

 

 

「untitled」Yuji Ueda

 

「untitled」Yuji Ueda (部分拡大)




 

中央:「レンコン状の月/Renkon-Shaped Moon」


 

「緑色の太陽」を効果的に見せていた壁の内側には、宇宙が広がっていました。

発掘された土器や卵の化石という印象から宇宙の惑星に至るまで、土の本質をあらわにする上田さんの陶作品群。


 

 

 

「粘膜殿/Temple of Mucous Membranes」Yoichi Umetsu

梅津さんの陶作品は、どこかの星の建造物のようにも見えてきました。


 

 

そしてこの小部屋👇

 

梅津さんの初期作品を想起させるような自画像が最奥にあります。制作年は2017年とのことなので、梅津さんが信楽で陶作品を作り始める前の、死体のような自画像の前に、上田さんの作品が淡々と導くように並んでいます。

 

左:「死霊がわたしを見ている Ⅱ」Yoichi Umetsu 右:「untitled」Yuji Ueda

 

そしてこの小部屋から大きな展示室を覗くと、先ほどの宇宙の先に、本展のタイトル「フェアトレード  現代アート産業と製陶業をめぐって」という文字や、あの卵のような作品が正面に見えてきます。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

「現代アートとはなにか?」

 

ひとえに「現代アート」といっても「ソーシャリー・エンゲイジド・アート(SEA)」とアートフェアに並ぶ作品やNFTアートとではまるで違う。もはや「現代アートとはなにか?」という問い自体が空転してしまうような状況が加速していると言っても過言ではない。そんな中で僕はコンテンポラリーとしての現代アートではなく、日本の戦後の前衛美術や美術評論、そして日本固有の美術のあり方に照準を合わせて活動してきた。けれども2019年頃からそんなあり方にも限界を感じるようになった。これは「美術」を「アート」と呼ぶか否かといった言葉や定義をめぐる日本特有の文芸に紐づいた美術批評の問題ではなく、もっと切実なものだった。美術で何をしていいのかわからなくなったのだ。その頃から僕は美術界のあれこれを忘れるべく陶芸にのめり込むようになった。陶芸であることに理由はなかったが結果的にそれが転機をもたらすことになった。

 

(Kanda & Oliveira 上田勇児・梅津庸一「フェアトレード  現代アート産業と製陶業をめぐって」本展について 梅津庸一 より抜粋)

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

高村光太郎といった先人の霊なのか、信楽に住まう神なのか、それら全てと関わってきた人間と宇宙の歴史なのかは分かりませんが、何かに導かれて、新しいものが生まれようとしている。

  

 

「untitled」Yuji Ueda

 

 

 

 

古き伝統と未来的なものの融合を感じられることからか、宮崎駿監督の「風の谷のナウシカ」のような世界観を勝手に感じ取って観ていたのですが、「本展について」の梅津さんの文章の中にも「もののけ姫」のセリフがちらっと出てきていて、宮崎駿監督の世界観を当てはめて観る人は、意外と多いかも知れないなぁと思いました。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

さらに2000年代に入ってからはアートマーケットにおいて陶芸が一定の人気を得ているがそこには陶芸と美術の関係を省みるような動きはほとんど見られず、たんにプロダクトやインテリアとしてコレクターに消費されているだけのように見える。映画「もののけ姫」に登場する乙事主(猪神)のセリフ「このままではわしらは、ただの肉として狩られるようになるだろう(要約)」と重なるところがあるように思う。

 

(Kanda & Oliveira 上田勇児・梅津庸一「フェアトレード  現代アート産業と製陶業をめぐって」本展について 梅津庸一 より抜粋)

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

この感想のまとめに「天空の城ラピュタ」のシータのセリフを引用したいと思います。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

「今は、ラピュタがなぜ滅びたのかあたしよく分かる。ゴンドアの谷の歌にあるもの。”土に根をおろし、風とともに生きよう。種とともに冬を越え、鳥とともに春を歌おう”。どんなに恐ろしい武器を持っても、たくさんの可哀想なロボットを操っても、土から離れては生きられないのよ」

 

映画「天空の城ラピュタ」より

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

現代アート界がラピュタにならぬよう、個人個人が考えることを諦めず行動する必要がありそうです。まずは現状把握から。

 

 

以上の理由から、必見の展覧会と思います。ぜひ、足を運んでみてください。

 

 

 

 

左上:「窯業と芸術/Ceramic industry and art」 右上:「沈む日/Setting sun」Yoichi Umetsu 下:「untitled」Yuji Ueda

 

 

 

 

展示風景画像:上田勇児・梅津庸一 「フェアトレード  現代アート産業と製陶業をめぐって」


関連記事