門倉太久斗 個展「スピードレクイエム」
会 期:2023年12月9日(土) - 2023年12月31日(日)
時 間:13:00-20:00
休 廊:月火
場 所:gallery10[TOH]
展覧会URL:
個人的に色々忙しかった本年、、、感想記事の数が少なめでした。そして、この展覧会が2023年ラストになりそうです (来年もよろしくお願いします) 。
以前にも門倉太久斗さんの展覧会を拝見したことがあり、その時の感想記事を読み返してみると、なんと2023年の初感想記事が門倉さんの展示でした。門倉さんに始まり、門倉さんに終わる、、、思えば今年は今まで感想を書かせていただいた作家の方々が再登場することが多い年だったなぁ。
では門倉太久斗さんについておさらい、です。
門倉さんは武蔵野美術大学造形学部空間デザイン科ファッション専攻卒業、コム デ ギャルソンにてパタンナーとして従事、テキスタイルを担当されていたこともあったそうです。「22世紀ジェダイ」名義でプリキュアのネックレス等の作品を発表、「門倉太久斗」名義で絵画作品を発表しています。
本展「スピードレクイエム」では、男性が長らく担って来た (担わされてきた?) 「スピード」から解放され、今後はどうなっていくのか? という、とても興味深いステートメントが掲げられています。
ちょっとそのステートメントの前からご紹介します。
そんなことを思いながら、展覧会のメインへ。
「スピードレクイエム #1」
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お花とタミヤの箱。いいわぁ、、、。
この作品の隣に、ステートメントがあります。
全文読んでほしいので載せちゃう。
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おお、なんか色々と、、、思ってしまうなぁ。
以前に感想を書いた個展「完璧な世界」で、門倉さんは「男性であることの罪悪感」ということをおっしゃっていました。そして、その個展には「フェラーリ/Ferrari」という作品があり、速さを実現することで果たしていた男性の役割・義務が、インターネットの登場により情報の伝達に寄与出来なくなったことで、スピードは「娯楽」になり、男性の役割・義務は消失している、という話を伺いました。私は感想記事に、必ずしも女性に不利な立場を強いているわけではない男性にまで罪悪感を感じさせている今のジェンダーの問題は「やらかしている」と、長々となんか書いちゃっています、、、。→参考記事:感想 門倉太久斗/22世紀ジェダイ 個展「完璧な世界」
でも筋肉は、、、美しいよね。残り続けてほしい。ステートメントのラスト部分に共感。
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「Speed Flower」
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昭和時代のギャグ漫画を想起させるような「速さ」の表現です。すごい速さで室内に入ってくる花瓶、、、? よく見ると、、、
「Speed Flower」(部分拡大)
タイヤ部分を見ると前のめりにゆがみ、地面との摩擦が描かれ「キキーっ」という音が聞こえてくるような表現がなされています。急ブレーキをかけているのかな。
「速さ」が娯楽となってしまい、罪悪感を感じている男性の救いとなるべく、「室内」にいち早く駆けつけた花たち、(でももうスピードは必要なくなったので急ブレーキをかけている) ということなのかもしれない。
本展の作品はすべてアクリル絵の具で描かれていますが、この画像の右上を見てもらえると分かるように、まるで車の塗装のようにピカピカ光っている部分が見られます。
「理想鉢 (スピードレクイエム) 」
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前回の感想記事にも登場した「理想鉢」という言葉。門倉さんの好きなものが詰まった鉢です。こちらの作品は本展「スピードレクイエム」全体のインスピレーションになるような、はじまりの作品、とのこと。
好きなもので溢れている感がバシバシ伝わってきます。
「ランウェイ」
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ファッションの世界に関わりがある門倉さんならではの「ランウェイ」シリーズです。ランウェイを歩く着飾ったモデルの姿を、異界から現れた「来訪神」になぞらえています。
個展「完璧な世界」でご本人にお話をうかがった際に、「ファッション・ショーは、年に2回、決まった時期に行われる行事であり、スタイルの突出したモデルが日常では着ないような特殊な装いを纏って練り歩く様子は、百鬼夜行のようにも感じられる」ということをおっしゃっていました。なるほどなぁ。
本展「スピードレクイエム」で改めて気になったところは、この 来訪神は "異界からきた" というところです。
境界を行き来する者、が展示全体に流れているテーマの一つだったりしないだろうか、、、。
「Penis Flower 1969」
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本展にもありました「ペニスフラワー」。
「ペニスフラワー」とは、女性器に例えられがちな花というモチーフを、あえて男性器に似せて表現したものです。
そして花瓶には「異界との接点」的な意味合いを持たせています。花瓶は、前述のファッション・ショーと同じような役割を持ち、花は花瓶を通して異界からこちらへやってくる、ということが以前の個展「完璧な世界」のページでも言及されていました。
→参考サイト:下北沢アーツ Exhibition 門倉太久斗/22世紀ジェダイ「完璧な世界」
花瓶に書かれている1969の文字が気になる、、、。
本展のステートメントには、1970年はコンコルドがマッハ2 を超えた年として登場します。
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超音速旅客機コンコルドは、試験飛行として初飛行後、1970年にマッハ2 を超えて75年に就航。
(門倉太久斗 個展「スピードレクイエム」会場のステートメント より抜粋)
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この1969という数字は、スピードを追求するという価値観など、マッチョなものへの信仰心がピークに達していた年、ということを意味するそうです。コンコルドの試験飛行としての初飛行が1969年でした。
1969年を調べてみると、色々な出来事が起きていました。
スピードやジェンダー、情報伝達技術の発展など本展のステートメントに関連している (と私が思う) 出来事を抜粋してみます。
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1月16日 - アメリカ合衆国初の実用高速列車「メトロライナー」が営業運転を開始する
2月15日 - 日本でブルーボーイ事件判決
2月17日 - トヨタ自動車が「ダイナ」をモデルチェンジ(9月には「マッシーダイナ」を発売)
3月1日 - 富士重工業が「ff-1」を発売(「スバル・1000」のマイナーチェンジで、1970年7月に「ff-1 1300G」へ移行)
4月14日 - トヨタ自動車が「パブリカ」をモデルチェンジ
4月15日 - 本田技研工業が同社初の4ドアセダン「ホンダ・1300」を発売
5月26日 - 日本の東名高速道路が全区間開通
6月28日 - ニューヨークでストーンウォールの反乱が起きる
7月8日 - IBMによって開発されたトランザクション処理システム、CICSが発売
7月21日 - 三菱重工業が「ミニカ」をモデルチェンジ(12月には「コルトギャラン」発売)
9月6日 - 新東京国際空港建設開始
10月5日 - スピードシンボリ号が日本馬として初めてフランスの凱旋門賞に挑戦。24頭中10着に敗れる
10月29日 - 午後10時30分 (アメリカ時間) インターネットの原型であるARPANETで、UCLA(カリフォルニア大学ロサンゼルス校)からスタンフォード大学に初めてメッセージ(LとO)が送信される。情報化時代の幕開けとなる
11月30日 - 世界初の界磁チョッパ制御車、東京急行電鉄8000系デビュー
(Wikipedia 1969年 より抜粋)
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男性の役割としてスピードの追求の機運が頂点に達する中、情報伝達の画期的な進歩があり、男性だ女性だという範囲に当てはめること自体に疑問を投げかけるような出来事も起きています。
そして、この作品にはぐるっと囲むように有刺鉄線が描かれている。
男性しか入ることが出来ないように有刺鉄線で区切られていた領域から、花瓶を通してペニスフラワーがわっと溢れ出ています。境界 (この作品では有刺鉄線) を超えるものが、ペニスフラワー (私の解釈です) 。
「フルーツタワー」
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盛り盛りのフルーツ。
この作品はステートメントの最後の部分に重なります。
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しかし悲観する必要はありません。まずはお茶をいれ、自らの手でフルーツを剥き、これからどうするか考えていきましょう。必要がなくなったとしても、我々の筋肉は美しいまま残り続けてもいいのです。
(門倉太久斗 個展「スピードレクイエム」会場のステートメント より抜粋)
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これは、「スピード」の追求から解放されてしまった男性が「自らの手で」剥くフルーツ、と解釈出来ます。盛り盛りです。これからは、たくさん剥いていかないと。
そして、この盛り方や、フルーツが載っているコンポート皿は「権威」の象徴でもある、とのこと。たくさんのフルーツはそれだけの食料を確保出来ることの証だし、脚付きの皿も、一段高いところにフルーツを置く、というようにある種の「ステータス」を感じさせます。
「権威」のように「男性的」「マッチョ」に感じられるものを、抹殺してしまうのではなく程よく選択していけばよいのではないか、という意味がある、とギャラリーの方に伺いました。
以前の、「男性的」なものや「スピード」の追求とは、過去のものを新しい記録で塗り替えて抹殺するような営みの繰り返しだったわけで、
その「スピード」教から解放された今、必要なのは、過去を抹殺するかのように否定することではなく、過去と今、男と女、この世界と異界、の境をスルッと行き来するような柔軟な精神なのかもしれない。
そんな柔軟な精神が、以前の個展でも感じた作品の「カッコカワイイ」(カッコイイとカワイイが合わさった) 部分に繋がっているのではないだろうか。
「フルーツタワー」(部分拡大)
改めて観てみると、「スピードレクイエム #1」は花瓶がプラモデルのパッケージに置き換えられていますが価値観がひっくり返ったかのように逆さまになっているし、「Speed Flower」は花瓶が枠のようなものを超えてこちらに入る手前でブレーキを踏んでいて、残像のように長く伸びた花は完全には内側に入って来ていないし、「理想鉢 (スピードレクイエム) 」もコンコルドと有刺鉄線の枠に囲まれているかと思いきや門倉さんが好きなもの (人、果物、ミシン、花) が四隅にあり、それらのほうが存在感を出している。
どちらか一方を抹殺しない。そして、どれもカッコイイしカワイイ。
中央:「理想鉢 (ランウェイ) 」 他:「ランウェイ」
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こちらの作品は、とにかく100号を描く、のを念頭に描かれたそうなのですが、モチーフから色々とストーリーを妄想したくなる作品です。筆跡が見えるような描き方も個人的にいいなぁと思いました。
この作品の周りに「ランウェイ」のドローイング作品が並べられているのも、まるで来訪神たちがキャンバスという境界をも行き来出来る様子を表しているように感じました。境界の行き来、まさに「ランウェイ」!
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ミシンにもタイヤがついています。タイヤの後方にはブレーキをかけたことによる摩擦で生じたような線の表現があります。
、、、これはひょっとしたらブレーキじゃなくて、スピードが出ていることを表す地面との摩擦の表現なのかもしれない。そうだとすると、今までの考察もちょっと変わってきますが、、、うーん、どっちだろう?
やっぱり、私の中では「ブレーキ」って見えるので、そう解釈しておきます。
「スピードレクイエム #2」
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コンコルドのプラモの箱が花瓶の役割に。
花瓶は異界との接点だから、コンコルドがマッハ2 を超えた時のちょっとワクワクする時代から、たとえそれが必要ないものになったとしても「美しいものは美しい」と愛でることが出来る時代へと、時空を超えて現れた花々。
視覚的にも、コンコルドへの憧れが詰まった箱と花の組み合わせはカッコよくてカワいくて、いいなぁ。
本展のテーマからは逸れますが、ギャラリーのスタッフスペースの奥に額付きのこちらの作品が飾られています。
改めて、プロローグ/エピローグと私が勝手に位置付けている作品をもう一度観て、終わりにしたいと思います。
本展鑑賞後、TOHを出て、明治通り沿いを歩きながら原宿方面に向かっていたら、Uber Eats の自転車が車の脇を通ってスルスルっと先を急ぐのを目撃しました。特に珍しい光景でもないですが、なんとなく、昔からあったメッセンジャーやバイク便のことなども思い出し、「自由に脇をすり抜けることで生まれる速さ」ってあるよなぁ、なんて思っていました。
速いことが絶対的な価値ではないけど、漂いながら、時にあっち側やこっち側をすり抜ける、そんな心持ちがこれからは必要になっていくのかもしれないです。
色々考えてしまいましたが、何よりも絵がカッコカワイイので、ぜひ観に行ってほしい展覧会です。
展示風景画像:門倉太久斗「スピードレクイエム」gallery10[TOH], 2023
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